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特集 段差ゼロへの挑戦

撮影協力:岩井慶太郎さん・詠ちゃん、渡邊剛さん、藤原美子さん(上写真左から)
※撮影時のみマスクを外していただきました。

  区内の道路を利用する際に、歩道と車道の段差について意識したことはあるでしょうか。車いすやベビーカーなどを使う方にとって、段差は少なければ少ないほど安心して道路を利用できます。一方で、この段差こそが命を守るために不可欠という方もいることをご存じでしたか?あらゆる立場の方々が安全に利用できるユニバーサルデザインの道路を目指す、区の取り組みをご紹介します。

車いすでウィリー

「こうやって軽く体重を後ろにかけながら、グッと車輪を回して…」
車いすユーザーの渡邊剛さん(右写真中央)が手慣れた様子で後輪を繰ると、キャスター式の小さな前輪が浮かび上がり、絶妙にバランスを保ったまま車体が前進していきます。
渡邊さんはパラ卓球に取り組むアスリートですが、この車いすによるウィリーの技術はなにも試合のために編み出した特別なテクニックというわけではありません。
「車いすは段差に弱く、ちょっとした段差でも小さな前輪がつんのめり、転倒するリスクがあります。それでも細かな段差は町中にあるので、こうやってウィリーを駆使して段差を越えて進まなければいけない。私のように介助者なしで出掛ける車いすユーザーには重要な技術です」
渡邊さんの「ちょっとした段差でも」という言葉を念頭に区内の道を見て回るなら、ぜひ注目していただきたいのは歩道と車道の境目。特に「歩道巻き込み部」と呼ばれる交差点の内側をはじめとする、歩行者が通る箇所です。

「ゼロ段差」施工

 かつての江戸川区ではこうした箇所にも原則として2㎝程の明らかな段差があり、今でも一部の道路に残っています(右下写真)。しかし新設の区道や、近年整備を行った区道・都道など大部分では、問題の箇所が斜面のあるブロックによってなだらかに整えられていることに気が付くはずです(左下写真)。
このブロックを使った境目の処理「歩道巻き込み部の段差解消」は、通称「ゼロ段差」と呼ばれる江戸川区発の施工方法。平成3年に誰もが安心して快適に利用できる道づくりのために区が障害者の方などとの意見交換の場として設置した「やさしい道づくり意見交換会」の中で生まれたアイデアで、区では障害者団体の方々などとのフィールドワークを通じて施工方法を具体化し、平成5年から本格的な整備に取り組んできています。
リハビリに取り組む方々の交流団体「友だちつくろう会」も、その過程に車いす利用者などの立場から関わった団体の一つ。ゼロ段差が発案された当時、車いすが必要になった奥さまの介助者として会の活動に参加し、現在は同会の会長を務める串田恭男さん(左写真)が振り返ります。
「私はあくまで介助する側であったし、腕力もある方だから、段差があっても『まあこういうものだろう』と、前輪を持ち上げてやり過ごしていました。でも会の車いすを利用する仲間からは『段差で引っ掛かってしまうのはとても怖い』という切実な声が多かったし、補助具を使いながら自力で歩ける方が『つまずく不安がある』と口にするのも聞いていました。こうした声がくみ取られ、ゼロ段差という形で実現したことをとてもうれしく思っています」

ゼロ段差(江戸川方式)

歩道と車道の境目が段差なくなだらかにつながっています。歩道側の点字ブロック(写真では点字シート)を併せて備えることで、視覚障害者にも優しい「江戸川方式」が完成します。

旧来の歩道巻き込み部(2cm段差)

車道を横断して歩道に入る際に段差を登らなければならず、車いすやベビーカーを利用する場合は注意が必要です。ところが、この段差には実はとても重要な役割があるのです。

命綱としての2㎝ 

 「ゼロ段差」を歓迎する串田さんのお話を聞くと、区が平成の初頭まで歩道の端の段差を残してきたこと、さらには、区外の多くの自治体で今もなお段差を設けた道路の新設が続いているという事実に疑問を感じるかもしれません。
その疑問への答えは、視覚障害者の方々の抱える切実な事情にあります。
「ゼロ段差」の実施に当たって同じく区が意見を伺い、フィールドワークにも参加してくださった江戸川区視覚障害者福祉協会の理事長で、ご自身も視覚障害のある松本俊吾さん(P9写真)は、視覚障害者が一人で出歩く際の最も恐ろしいことの一つとして「意図せずに車道に出てしまうこと」を挙げます。
「従来の道路にあえて設けられている段差を白杖(障害者用の杖)や足裏の感覚で確認することで、われわれはそうした恐ろしい事態を避けてきた。視覚障害者にとってあの段差は、まさに命綱と同様の重要な意味を持つ、なくてはならないものでした」(松本さん)
実は区内のゼロ段差が未施工の箇所や、区外の多くの自治体で残されている歩道の段差は、決して意図せずにできてしまっているものではありません。松本さんが当事者の観点から語るように、視覚障害者の方々が自身の命を守れるよう、法令が「2㎝を標準とする」と定めていることに従い〝あえて〟設けられてきたものなのです。

たどり着いた「江戸川方式」

このため、平成3年に歩道巻き込み部の段差を解消していこうという方針が示された際、最も重要であった課題は、旧来の段差の担っていた「視覚障害者の命綱」という役割を、何で代替するのかという点でした。協議を重ねた末にたどり着いたのが、ゼロ段差施工を行って段差をなくした箇所に、必ずセットで歩道の端であることを示す点字ブロック(視覚障害者誘導用ブロック)を設置する解決策、「江戸川方式」(P7左下写真)です。
とはいえ、視覚障害者の方々にとっては、それまでずっと頼みとしていた〝命綱〟が次々に工事で廃止されていくという大転換です。視覚障害者の中でも戸惑いや反発の声は挙がっていたと松本さんは振り返ります。
「しかし旧来の2㎝の段差も、杖や足の感覚で探り切れず見落としてしまう欠点もあり、決して〝一番良い〟解決方法だったわけではありません。その点、点字ブロックは一定の面積があり、段差よりもずっと把握しやすい。フィールドワークなどを通じ、江戸川方式ならば着実に視覚障害者の安全向上につながっていくという確信を得て、視覚障害の当事者としての立場はまとまっていきました」
「なにより――」松本さんが続けます。「道路を安全に、快適に利用したいと願っているのは、なにも視覚障害者だけではありません。われわれも含めたさまざまな事情がある人たちが安全に道路を利用できる〝より良い〟解決方法がそこにあるのなら、ぜひともそれを目指していこうと考えることは、ごく自然な成り行きだったのではないでしょうか」 

区道で9割弱 都道でも

こうして動き出した江戸川方式。現在、区道での江戸川方式の施工率は令和2年4月までで86・5%。船堀街道など都道の江戸川区内の部分については、都道を担当する都と区とで協議をし、道路を補修する際などに、順次、区道に準じた形に切り替えていくという合意がなされています。
平成5年の導入開始以来、「江戸川方式」に施工済みの箇所で視覚障害者の事故は一件も報告されていません。段差をできる限り減らし、これからのユニバーサルデザインの道路を実現した良きモデルとして、この方式を導入する自治体も出てきているほか、区が令和元年に「先導的共生社会ホストタウン」に認定された際にも高い評価を受けました。

〝見える段差〟だけでなく

先にご紹介した意見交換会は、今でも関係する区民の皆さんからお話を伺う貴重な機会として年1回のペースで続いており、直近の会合で、松本さんからは改めて「江戸川方式は本当に良かった」と評価するご発言がありました。一方で、「これしかないという思い込みに陥らず、新技術なども踏まえた〝より良い〟解決策を模索することはやめないでいただきたい」という、将来に向けたご意見も区はお預かりしています。
今回ご紹介した「江戸川方式」は、2㎝の〝目に見える段差〟の撤廃を目指し、関係するさまざまな立場の方々のお話を伺うことでたどり着いた一つの答えです。しかしより広い視点で見るならば、皆にとってより良い形を目指し、さまざまな意見に耳を傾け、そうして皆さんの納得の下に〝目に見えない段差〟をも解消していこうと絶えず努めるプロセスこそが、今後もさらに区が追求していくべき「江戸川方式」なのかもしれません。

ほかにもこんな設備が道路をバリアフリー化しています

● エスコートゾーン

「視覚障害者用道路横断帯」とも呼ばれる横断歩道上に設置された点字ブロックで、視覚障害者が横断歩道からそれずに道路を渡ることをサポートします。区内では人通りの多い船堀駅北口交差点など5カ所に導入されています。

● 音響式信号

「ピヨ、ピヨ」「カッコー」などの擬音やアナウンスで歩行者信号の状態を示す「音の信号機」。エスコートゾーンと同様、横断方向を誘導する役割も担っており、音の方向をつかみやすいよう、スピーカー(写真左)をできるだけ低い位置に取り付ける工夫も。最新のものはタッチ式スイッチ(写真右)で作動します。

問 計画調整課計画係 ☎5662-8389